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Maybe at the end I'll say - not a bad day
2026.01.23,Fri
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2007.10.31,Wed
先週26日の早朝。俺のじーさんが死にました。享年82。

俺のじーさんは、なんかノリの軽い奴でね。
威厳なんて全く無いような。いつも鼻歌ばっか歌ってて。
くだらねぇギャグ連発したり、昔のおもしろ武勇伝発表したり。
バカみたいに明るくて気楽なような、そんなじーさん。

俺は普通の、一般的な同年代に比べたら、自分の祖父と接してた時間が長い方の人間だったと思います。
もちろん実家暮らしで、27年間ずっと一緒に住んでたし。
なんなら職場だって一緒だから。

最初この家具屋の仕事始めたとき、右も左も何も分からなかった頃は。
俺はじーさんの後に付いてまわって、手伝ったりするところから始めてね。
あーしろ、こーしろ言われて、ちょっと俺がモタつくと「こーすんだよ!」なんて結局自分でやっちゃたりして。
ちょいとできるようになると、俺は生意気に「俺がやってんだから手ぇ出すな」とかじーさんに言っちゃったりしてね。
それでも分からない所があると「ここ、どうすればいいの?」なんて聞いたり、いつの間にか俺が作ってる、めんどくせぇ箇所を作っててくれたりして。
そういや、2人で。いろんなもんを作ったな。

俺んちの、今の家具屋の工場は。俺のじーさんが建てたもんです。
小僧みたいな感じで、ガキの頃から職人の修行して。
10代半ばで戦争に借り出されて。
そっから苦労して苦労して。
ホントすげーよ。しかも、そんなんを微塵も感じさせないからな、俺のじーさんは。

一度、すげー忙しい時期に。何個か作った家具、全部が作り直しになっちゃった時があるんだけどさ。
みんなが「作り直しか~・・」なんてブツクサ言ってた言ってた時も。
当時はもうセミリタイア状態だったじーさんだけは。
「こんなもん、30分もありゃ直っちまうな」なんつって。
誰よりも早く、一人で工場の方に、よちよち歩いてっちゃったんだよ。30分くらいじゃ終わる訳無いのにさ。
そん時、思いました。俺のじーさん、すげーカッコいいじゃねーか!って。

俺はね。普段は無礼にも半分友達感覚で付き合ってたじーさんだけどね。
お互いからかい合ったりするような。
ちょっと、リスペクトしてたんだよ。じーさんを。
俺はじーさんの事、本気でカッコいいって思ってたんだよ。

実は、数ヶ月前に。
医者からは「もう、長くは・・」って聞いてました。
俺も漠然と、そうか・・って思ってました。
病気だから、仕方がないって思ってました。

俺らのバンドが、初ライブやった次の日。
ずっと入院してたじーさんが、1日だけ帰ってくる日で。
本人には、最近調子がよさそうだから、なんて言ってたけど。
それは、本当は。最後の帰宅って意味で。
久しぶりに家族全員で飯食って。
でもじーさんは、痛み止めの麻薬みてーな薬で半分朦朧としてて。
それでも夜になって。俺が病院に送っていって。
車椅子から、ベットに担ぎ上げた頃は意識もしっかりしてて。
そしたら、おもむろに財布を取り出して。
「暑かったべぇ、これで冷たいもんでも飲んで帰れ」って。
俺に千円札を握らせました。
俺はいつもの調子で「おっ、さんきゅ~」なんて受け取ったけど。
あの時ばっかりは、危なかった。必死に耐えた。
じーさんの目の前で、泣くところだった。
帰りの車の中でも、必死にこらえたけど。
自分の部屋に戻って、ひとりになった時にはもうダメで。
悔しくて悔しくて。ぼろぼろ泣きました。

最後の夜、「危険な状態です」と病院から呼び出しがあって。
それでもまだマスクみてーなの付けて、なんとか息してるから。
その夜は俺がひとりで病院に泊まる事になって、じーさんのか細い寝息聞きながら、俺もソファーでうつらうつらしてて。
いつの間にか俺も寝てたらしくて、朝病室の電気が付けられて俺がはっと目を覚ましたら、息してました。
まだ大丈夫だ・・って思ってしばらくソファーに転がってたら。
急に、なんの前ぶれも無く。
息をしなくなりました。
え?って思った矢先、看護婦さんが来て「ご家族に連絡を」っつーから。
急いで電話して。
俺はじーさんに「ちょっと待ってろ!今みんな来っから待ってろ!」って。
その時は、まだじーさんは死んでねぇって。そう思ってました。
自分に言い聞かせてた、とかじゃなくて。心底そう思ってました。
バカな俺は、息をしてなくても、まだ心臓は動いてる。
心臓まで止まっちゃったら偉い医者みてーなのが、なんか変な機械とか持って来るはずだから、まだ死んでねぇんだ!って本当にそう思ってました。
だから俺は「おい!もう少し頑張れ!」ってじーさんに言ってました。

そのうち、俺のばーさんが弟に連れられてやってきて。
医者もやっぱり、パソコンみてーな機械もってやってきて。
そのスイッチがつけられたときは、画面には緑の棒線と、0って数字が出てて。
医者がじーさんに近づいて「残念ですが・・」と言いました。

それから。
慌ただしく時間が過ぎて。俺もなんかやる事とかいっぱいあって。
お通夜、葬式が終わって。
本当にじーさんは、いなくなってしまいました。
もっとじーさんと一緒にいたかったな。悲しいよ、マジで。
んで、本当に今までありがとう、と。
いろんな事を考えたり、思い出したりするよ。
じーさんの事を、これからも。
Comments
無題
おじいさんの分まで、
おじいさんがして来たように、
素敵なおじいさんになって下さい。

応援しています。
重ねて、ご冥福をお祈り致します。


いちファンより
Posted by いちファン - 2007.11.01,Thu 19:42:24 / Edit
無題
どなたか分かりませんが、お心遣い、本当にありがとうございます。
そうですね。俺もこれからはじーさんを見習って、そんなふうな人間になれたら、と思います。
Posted by 渡瀬 - 2007.11.01,Thu 21:39:28 / Edit
無題
渡瀬さんがおじいさんの話をする時、本当に楽しそうな顔をするのが印象に残ってます。
俺も、おじいさんっこだったのでかなり共感できます。

じいさんが死んだ時、ほんとこんな気分でした。

俺の場合、死んでからずーっと後ろを付いて回ってるみたいで、寂しくなりませんでした。
親戚からはしゃべり方まで似てきてるって言われますし。

おじいさんの面影が渡瀬さんに乗り移るといいですね。

ご冥福、お祈りいたします。
Posted by 184 - 2007.11.01,Thu 23:49:50 / Edit
無題
あはは。俺のじーさん話は、なかなかいい笑いが取れるからな(笑)
そういや、市橋も前におじーさん亡くしたって言ってたよな。
喋り方まで似てる?そりゃ相当マシンガンなおじーさんだったのかな?(笑)

面影が乗り移るってなんか微妙だが(ハゲそうだな!)なんか言わんとしてる事は分かるよ。
どうもありがとう。
Posted by 渡瀬 - 2007.11.02,Fri 23:37:21 / Edit
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己で自己紹介
渡瀬です。もしくはファニーです。 神奈川県小田原市在住。 38歳、男。 EX REVERSION ドラム担当。 70'sパンク、80'sOi!などPUNK中心に愛聴。 若手芸人、演芸好き。 趣味、釣り。 2003年度M-1グランプリ予選落ち。 好きな食べ物は、やきそばです。
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